それで思い出したWao自身の卒業式に関係した思い出。
つっても、なぜか高校以前の卒業式のコトって覚えてないんですよ。そのころの友人にきくと、いろいろとおもしろいことしてたらしいんだけどね。
そんなワケなんで、大学の卒業式についての思い出です。
なんといっても「卒業しないのに卒業式に出席」したことですね。その、なんていうんですかね、大学四年の三月初旬のことなんですが学務の人から「Wao君みたいな貴重な人材を我が大学は手放すわけにはいかない!」とかっていわれて、もう一年いることになりました。
…スイマセン、うそです。遊びすぎました。
そんなんで卒業式当日を迎えたWaoですが、幸いにも大学にのこる友人がいて、卒業もしないのにいっしょに、こっそりと卒業式にでることにしました。
ちなみに友人は休学して一年間中国にいたために五年目突入でした。彼の名誉のため補足しておきます。
そして卒業証書をもらえない二人組みはスーツをきて会場にはいります…顔パスでした。なんのチェックもないのね。
もちろん、ちゃんと卒業する友人たちからは「よくはいれたね〜、つかなんでいるの?」って笑われました。
いっしょに大学生活過ごした君たちと卒業式でたかっただけですよ、おれらは。みんな喜んでくれたけどね。
式は普通に卒業式。そして学長の挨拶がはじまり、会場はざわつきます。
なんでかっつーと、Waoたちの学年が入学する、ちょっと前のこと。この学長、誘拐されたんですよ、マジで。犯人がマヌケで、学長に誘導されて学校の裏の通りで捕まったという事件だったんですがね。
その学長も、Waoたちとともに定年をむかえ卒業(Waoはしてないけど)することになっていたので、ご挨拶のあと喝采をあびていました。
ちなみに翌年の卒業式は「二回目はめんどくさいから」という理由で欠席しました。謝恩会とコンパはもちろん出席しましたが。
そういえばWaoの恩師でゼミ担当だった教授は、当時、学部長だったんですよ。国立大学史上最年少で学部長になって新聞にものった偉大な先生です。
Waoの留年が決まったときに相談にいったら
「もっと早くきてくれないと!決まったあとじゃどうにもならないよ…」
と、ご自分のふがいなさととってくれて嘆いてましたね。Waoがまともに授業でてなかったのが悪かったんですけどね。
つーか、卒業不可のリストにWaoがのってる時点で気がついてください。
まぁ、この年は、うちの学部史上最大の留年者をだしたからしかたないっすね。
嗚呼、ダメ世代。
でも、ものすごく面倒みがよくて、次の年に公務員試験落ちて先生に相談にいったら、ないコネをはたいて、いい会社を紹介してくれました。
役員面接でケンカして、採用不可になって、コネをつぶした不詳の教え子をお許しください。
学部長のゼミのクセに総勢十名の四年生から四人の留年生がでたのにもかかわらず笑顔で飲んでくれました。
普段でも「授業はでなくてもいいから、学校にはこい。学校にこなくなると人間がダメになるから」と成績云々ではなく、生徒の人生そのものを心配していてくださったすばらしい教授です。
でも、飲むと経済用語をまじえた下ネタばかりでしたケドね。
なんやかんや言っても女子学生に近づかれると照れちゃってなにもできなくなってましたケドね。
いろいろとご心配をおかけしましたが、Waoはいちおうまともにネクタイ締めて働いてます。
同様に、確か卒業式ではクラスの出席番号一番しか名前呼ばれなかったので、卒業式でも名前は呼ばれず。「なんか入学も卒業もしなかったなぁ」と思ったのでした。以上、春の思い出の独り言でした〜
高校のときは卒業式って代表だけしか呼ばれないのかも。それで、おれも覚えてないのかなぁ。
しかし、自分の名前でないのに返事をしちゃう気持ちはわかるけど、なんかねって思いますな。